読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世界に出よう!

国内・海外旅行紀を投稿します。

チベット旅行 準備編

今年のシルバーウィークはチベットに!

発案から行動までは早かったです。

まずはチケットを購入。最近はSkyscannerを使うことが多いです。

一時期はエイビーロードで最安値を検索していましたが、

最安値のチケットで購入できた試しがないので、最近は使っていません。

※最安値はすぐに埋まってしまうという理由で、ほぼ100%見積金額が変わります。

 

Skyscannerで購入したチケットは、往復で約5万円。安っ!!

成田→成都→ラサ→成都→成田の旅路です。

 

航空券だけ買ってしまえば、あとはどーにでもなるでしょう!と思ってしまうのが、

バックパッカーの性です。

途上国であればあるほど、ホテルの客引きはあちらこちらであるイメージですが、チベットに関していえば、そうは問屋が卸しません。

チベットには、ビザとも少し異なるパーミット(許可書)というものがあります。

つまり、この許可書がなければチベットの大地に足をつけるどころか、ラサ行きの飛行機に搭乗することも出来ない訳です。

 

さらにチベットはガイドの同行なしに、自由に街を歩くことも許されていません。

ということで、必然的にツアー会社にパーミット取得・現地でのガイドを依頼することになります。

ツアー会社は、日本・現地いろいろあると思いますが、値段を考えると現地ツアー会社が安いと思います。

問い合わせはメールや電話になると思いますが、日本語を話せるスタッフがいるツアー会社もあります。

ツアー会社に問い合わせ際には、滞在日数と訪問希望都市を伝えるとアレンジしてくれると思います。

私の場合は、チベットのガイドブックから良さそうな都市をピックアップして見積を依頼しました。

結果、3社ほど見積を取りましたが、どこも値段にたいして変わりはなく、メールの返信スピードと信頼できそうかどうかで決めました。

 

西安中信国際旅行社:http://t-ts.com.cn/

 

訪問予定都市は以下になります。(約17万円)

・ラサ

・ナムツォ

・ツェタン

・ギャンツェ

・シガツェ

 

ツアー料金の中で値が張るのは、クルマのチャーター代です。

食事をなしにすることで料金は下がりますが、それほど大きくは変わりませんでした。

 

航空券と現地ツアーの手配が完了したら、とりあえずの準備は出来たことになると思います。

あとはチベットを楽しむだけ!

 

 

キリマンジャロ 6日目

※この旅行記は2016年3月17日から2016年3月27日のものです。情報が古くなる可能性がありますので、ご注意ください。

 

キリマンジャロ登山、6日目。

最終日になると、あとはゴールのムウェカゲートに向かうだけです。最後の朝食を食べて、出発します。最終日の荷物も必要最低限で問題ないと思います。たった2時間程度の道のりなので、水が少しあれば十分だと思います。

 

ムウェカキャンプからゲートまでは熱帯雨林の樹林帯を通ります。途中、キリマンジャロ山頂を臨める最後のポイントがあるので、そこで写真を撮りました。

 

少し道が広い林道までくると、あとは30分程度です。滑らないように気を付けながら進むと、ムウェカゲートに到着し、「Congratulations」と書かれた看板が見つかります。ここの事務所で最後のサインをして、キリマンジャロ登山の全行程が終了です。私が到着して間もなく、同じスケジュールで移動し続けた面々が現れ、互いの健闘を称えあい、別れました。

f:id:a-kamata86:20170105133340j:plain

 

迎えにきている車に乗り込むと、モシの町まで送ってもらいます。途中、窓からはコーヒー農園を見ることが出来ます。希望を言えば、お土産を売っている店まで連れてもうらことも出来ると思います。

 

モシにつくと、キリクライマーズのオフィスに寄ります。そこで登頂証明書を印刷してもらいます。ラミネートもしてもらえるので、帰りにクシャクシャになる心配もないと思います。

 

証明書をもらったら、6日ぶりのシャワーを存分に浴びて、ビールで乾杯です。私は初日と同じ、キリマンジャロバックパッカーのシャワーを使わせてもらいました。思う存分、シャワーを浴び、テラス席で飲むキリマンジャロビールは最高でした。

 

登山を終えて思うことは、キリマンジャロに行って本当に良かったということです。計画段階で何回か止めようと思ったこともありますが、実際に行ってみると得るものが多かったと思います。よく登山が趣味ですか?と聞かれますが、そんなことはありません。山という山は富士山・槍ヶ岳穂高くらいしか登ったことがなく、キリマンジャロは人生4回目の登山でした。登山の何が楽しいか、ということも聞かれますが、上手く答えることが出来ません。私自身、2年ほど前まで登山にはまったく興味がなかったので、自分がキリマンジャロに登ったことが驚きです。ただ、登山は非常にシンプルで、目的地に向けて単純に進むだけで、それでいて景色を楽しめて、達成感を味わえるものだと思います。キリマンジャロは特別な技術がなくても、誰でも挑戦できる山です。もし少しでも興味があれば、是非みなさんにも挑戦してもらいたいと思います。

キリマンジャロ 5日目

※この旅行記は2016年3月17日から2016年3月27日のものです。情報が古くなる可能性がありますので、ご注意ください。

 

キリマンジャロ登山、5日目。

いよいよ登頂アタック当日。寒さと緊張感からか、ほとんど寝られなかった気がしますが、それ以上に早く頂上に到達したいという気持ちが強かったです。持ってきた服をすべて着込んでいたからか、夜はそれほど寒くありませんでした。

 

時刻は深夜23:30で、出発前に軽食を取ります。ビスケットを少し食べたら、出発の準備をします。偶然にも満月の日と重なって、外は明るく、ヘッドライトがいらないくらいでした。

 

0時ちょうど、いよいよアフリカで最も高い地点、ウフルピークを目指し始めます。ガイドは手ぶらのようでしたが、どうやら何かあったら、支えてでも頂上に連れていってくれるらしい。心強い限りです。

 

出発からしばらくは岩山のような場所を登っていきます。月明かりだけを頼りに、一歩一歩着実に進むようにしました。あまり遠くを見ると、嫌になりそうなので、なるべく足元を見て、自分の呼吸に集中します。少し周りを見てみると、自分たち以外に登っているグループは見当たらず、先頭のようでした。

 

30分ほど進むと、岩山を抜け、少しなだらかな砂利道のようなところにでます。ここまでは順調、ガイドの問いかけにも明るく返事ができます。砂利道を抜けると再びの岩山。ここからは、あまり記憶に残らないくらい単調にひたすら前に進み続けます。どれだけ進んでも、何も様子が変わることもなく、1時間に1回程度の休憩時間にウィダーインゼリーやキットカットを食べて、呼吸を落ち着けます。まさに自分との戦いが続きます。

 

出発して、4時間半。この5日間で初めて、自分から休憩したいと伝えると、あと30分でステラポイントだよ、とガイドが言いました。ふと、坂の上を見上げてみると、確かに薄らと看板の影のようなものが見えます。呼吸は乱れはじめて、辛い状態には変わりありませんが、目的地が見えると俄然やる気が出てきます。

 

短い休憩を終えると、ステラポイントに向かって、一気に登りました。午前5時、暗闇の中、ステラポイント到着。ここまで来ると、一応キリマンジャロ登頂の称号が与えられます。もちろん、ここで終わらせるつもりなんて、まったくありませんでしたが。ステラポイントに立つと、別のルートから大勢の集団がこちらに向かって歩いてきているのが見えました。どうやら、マラングルートからステラポイントを目指しているグループのようで、そのほとんどが日本人でした。さすがは日本人というか、綺麗な隊列を組んで、一糸乱れぬペースで頂上を目指していました。アフリカ最高峰の地でも、個人主義の欧米人と、集団主義の日本人の違いが垣間見られた気がしました。

 

ステラポイントについた感動から、写真を撮ろうとすると、ガイドが「写真はあとで」と言い、先を急ごうとしました。あくまでも目的地はウフルピークということで、しぶしぶ先に進むことにしました。ステラポイントからウフルピークへは一般的に1時間程度ですが、この1時間はあっという間に感じました。目的地に立てるという確信からか、横を見れば広がる氷河の壮大さからか、とにかくあまり覚えていません。ただ、ここにきてガイドが目を閉じて、蛇行を始めました。どうやら、高山病の症状が辛いらしいようです。過去150回以上登頂成功してきたガイドでも、高山病にならない保証はなく、頭を抱えながらなんとか前に進んでいました。

 

視界の先に看板の影が見えると、ウフルピークであると確信しました。このときは、1分1秒でも早く、あの場に立ちたいと気持ちで、足取りも軽く、駆けるように進みました。

 

午前6時、ウフルピーク到着。本当に感動的な瞬間でした。自分が登れないことを想像したことはありませんでしたが、やはりその場所に立ってみると、ものすごい達成感に満ち溢れてきます。看板に手をついて、息を整えます。

 

f:id:a-kamata86:20161213102255j:plain

 

満身創痍のガイドにカメラを手渡し、この挑戦で初めて自分の写真を撮ってもらいました。フラフラになりながらも、彼は最低限の仕事をしてくれました。ただ1つ残念だったのは、少しペースが速かったせいか、日の出前に到着してしまい、辺りは真っ暗の中での撮影になってしまいました。

後ろから何組か別のグループが到着し、中にはこのルートで同じスケジュールだったニューヨーク出身の男性がいたので、彼と一緒に記念撮影をし、ウフルピークを後にしました。

 

あまり長居は出来ないということで、15分程度の山頂でした(単純にガイドの体調が悪すぎて、早く下山したかったとしか思えないですが)。ステラポイントに引き返す道で、先ほどの日本人グループとすれ違いました。その中に、見覚えのある夫婦がいました。まさかとは思いましたが、ドーハからの機内で隣に座っていた、あの夫婦でした。向こうもこちらに気付いたようで、3人で抱き合って再会を喜びました。彼らも無事に登頂できて良かったという気持ちと、やはり日本人は根性と忍耐がある、という思いでいっぱいでした。

 

夫婦と別れた後、ようやくメルー山側から太陽が昇ってきました。雲海から現れる日の出は、キリマンジャロを綺麗に照らしていました。

 

ステラポイントまで戻ると、またまた同じスケジュールでここまできたオランダ人女性3人組と再会しました。彼女たちとも登頂成功を喜びあい、麓での再会を約束しました。ウフルピークよりは低いものの、一応記念にステラポイントでも記念撮影をしました。

 

ここからは、ただひたすら下山するだけです。登ってきた道とは違う道を下るのですが、イメージとしては富士山の下山ルートに近いです。砂利のような道をひたすら下るので、走って下ることも出来ますが、滑りやすいので注意が必要です。実際に数回、足を滑らせて転倒しそうになりました。私のガイドは早く標高を下げたかったのか、自分一人でさっさと見えなくなるところまで下ってしまいました。途中、岩に座り込んで、頭を抱えていたので、相当辛かったのだと思います。

 

2時間ほどで、バラフキャンプに到着しました。コックやポーターとハイタッチをすると、仮眠を取る時間が与えられます。戻ってきたときに飲んだ、マンゴージュースが非常に美味しかったのを覚えています。仮眠といっても、外は明るいし、興奮状態で寝つけるわけでもないので、1時間ほど休憩したら、昼食を取って下山を開始します。

 

ガイドの調子も良くなったように見えたので、彼に対して、これまで溜まっていた不満を伝えました。正直、登山開始から登頂成功に至るまで、彼はガイドらしいことを一つもしていなかったと思うし、自分のペースで勝手に進んでいただけだと思ったからです。別に高山病になったことを責める訳ではなく、チームなのだから、辛いときは辛いと言って欲しい、と。たぶん、日本にいたら、こんなことは言わないし、6日間我慢すれば二度と会わない人だから、何も言わなかったと思います。けど、言わなければ伝わらないのが海外だし、これから彼にお世話になる人のためにも、言うべきことは言っておこうと思いました。実際、それからの彼の行動と発言はそれまでと大きく変わりました。こちらを気にするようになったし、キリマンジャロの説明が格段に増えました。

 

バラフキャンプからはムウェカキャンプ(1630m)まで一気に下ります。ここで、体力がある人だったら一気にモシまでその日中に行かないか提案されると思います。1日早いビールやシャワーの誘惑は強いですが、私は無理しないほうが良いと思います。バラフキャンプからゲートまでは7時間ほどかかると思いますし、1日でそれほど長い距離を歩くと、翌日のダメージが大きいと思います。

 

ムウェカキャンプまでの下り道は、非常に単調ですが、結構足にダメージが蓄積されていきます。また、雨が降りやすい地帯にもなるので、レインウェアや傘の準備はしておいたほうが良いです。

 

単調な下り道で、先ほどより格段に仲良くなったガイドが、チップの話をしてきます。覚悟はしていましたが、チップに関して彼らは不満を持っているようでした。キリクライマーズはすべての料金にチップも含まれていましたが、彼らはそれを知りません。自分たちに直接渡されるものだと思っているので、その金額を知りたがります。そして、ガイドはそのチップをコックやポーターに一部渡すことになるので、しつこく聞いてきたのです。最初は、今はこの景色を楽しみたいと主張していましたが、少し可哀そうになり相談に乗ることにしました。

旅行客としてはチップがツアー代に含まれていると交渉の手間が省けて、非常に楽です。特にチップの文化がない、日本人としてはなおさらです。ただ、ガイドたちにしたら、1回の登山で支払われる給料が不明確で困っているようです。今、彼らを憐れんでチップを渡すことは簡単ですが、やはり根本的な解決はマネージャーのジャスパーと話し合う必要がある、と。ジャスパーが事前にチップ込のツアー料金を提示しているのであれば、彼と1回あたり渡される金額を事前に確認しておいたほうが良い、と彼に伝えました。どこまで納得してくれたかわかりませんが、下山後にオフィスに一緒に行って話してみようと約束しました。

 

5時間ほど経って、ようやくムウェカキャンプに到着です。到着するときには雨も強くなって、キャンプ場は水浸しになっていました。ここが、キリマンジャロ登山最後のテント泊になります。嬉しいような寂しいようなですが、とにかくシャワーを浴びたい気持ちでいっぱいです。

キリマンジャロ 4日目

※この旅行記は2016年3月17日から2016年3月27日のものです。情報が古くなる可能性がありますので、ご注意ください。

 

キリマンジャロ登山、4日目。

ある意味、ここからの24時間が最も過酷だと考えられます。ただ個人的には、頂上アタックまでもう少しだと思うと、アドレナリンが分泌されて、やる気に満ち溢れた状態です。

 

マチャメルートは最短で5泊6日(下山を少し無理すれば、4泊も不可能ではない)、ただし、多くの登山客は6泊7日にして余裕のあるスケジュールにしているようです。6日組と7日組が同じキャンプ場で出会うのは最後になる予定なので、ここで何人かと別れることになりました。一人で参加している身としては、彼らと出会いが何よりも貴重なものでした。登山中はあまり話すことはありませんでしたが、キャンプで一息ついているときの何気ない会話は、ここにきて良かったと思えるものでした。お互いの幸運を祈って、6日組が先に出発します。

 

この日は、まずバランコキャンプ(3960m)からカランガキャンプ(4035m)に向かいます。ここで昼食を取ったあとに、ベースキャンプになるバラフキャンプ(4640m)を目指します。とにかく、ゆっくり無理のないように進みたいと、再度ガイドに伝えます。

 

バランコキャンプからも見ていましたが、まずは目の前の壁をクリアしなければなりません。遠くから見ると、文字通り、壁(通称:バランコウォール)。このルートで初めて、両手・両足を使った岩登りが始まります。両手を使うということで、ここではポールはバックパックに収納しておいたほうが良いと思います。ただし、岩登りといっても構える必要はなく、注意して進めばそれほど難易度も高くありません。恐らく、日本で槍ヶ岳などの岩登りを経験していれば、それよりずっと簡単です。とはいえ、落ちたら大ケガする可能性があるので、十分注意は必要です。

 

バランコウォールも後半になると、どんどん傾斜は緩やかになり、広場のようなところに抜けます。そこで、ゆっくり休憩が出来ると思います。何人か顔なじみのメンバーがそこにいて、みんなで記念撮影をしました。欧米人は女性も相当パワフルで、男性に負けず劣らず前に進み続けます。

 

f:id:a-kamata86:20161213101918j:plain

 

そして、ここから下りになります。だいたい登った高さと同じくらい下ることになりますが、ここまでくると前に進んでいるという実感があるだけに、何も文句はありません。ここのゆるやかな道は、歩いているだけで気持ち良くなれます。天気が良ければ、向かって左手にはキリマンジャロの頂上を見ることができ、あと数時間後にはあそこにいるぞ、というやる気が出てきます。

 

f:id:a-kamata86:20161213102000j:plain

 

しばらく歩くと、遠くのほうにキャンプ場が見えてきます。ただし、その前には谷があり、一気に下って、一気に登ります。目の前のように見えますが、およそ1時間はかかると思います。途中、このルートで初めて女性のポーターとも出会いました。小柄なのに、大きな荷物を担ぎ、すごいの一言です。

 

ようやくカランガキャンプに到着です。ここまでおよそ4時間で、悪くないペースのようです。何組か同じくらいのペースと登っている別の隊がいて、一安心。頭痛もまったくなく、ここまでは順調そのものでした。ここで、昼食ですが、チキン・ポテトフライ・野菜、という疲れた体に有難いメニューで英気を養うことが出来ました(ただし、料理がでてくるまで1時間かかり、その間に別の隊のメンバーは食べ終えていました)。

 

午前中ひたすら歩いても、高度はまったく稼げていません。午後はバラフキャンプまで登りが続きます。マチャメルートは、あまり高度を基準に考えず、歩行時間で進捗具合を確認するのが良いかもしれません。続々とやってくるメンバーは疲労困憊。中には、ここまでたどり着いたところで、号泣してしまう女性もいました。彼女もなぜ自分が泣いているかわからないようで、高山にいると人は感情を抑えられないことがあるという話を思い出しました。

 

カランガキャンプは、尾根に沿って伸びているため、一番奥に行くだけで結構な距離があります。かつ、傾斜もそれなりにあるので、少し寝づらそうだなと思いました。

 

バラフキャンプまでは荒野をひたすら登るだけ、前を行くガイドの足元だけを見て、黙々と歩きます。バラフキャンプについたときには、ようやくスタートラインに立てた、という安堵の気持ちでいっぱいでした。これで登頂アタックする権利を得られた、と。4640mの最終キャンプからは山頂の氷河もしっかり見ることが出来ます。なるべく良い体調を保てるように、水分を多くとり、深呼吸を繰り返します。

 

f:id:a-kamata86:20161213102118j:plain

 

明るいうちに、登頂アタックで必要なものを準備しておきました。バックパックはなるべく軽くし、寒さ対策に用意していたものをすべて着込むつもりでした。バックパックには最低限、水と行動食が入っていれば問題ないと思います。これまでと異なる装備は、主に防寒対策で、ダウンジャケットやスキー用のグローブ、体温調整がしやすいように、何枚にも重ね着するようにしました。靴ズレやどこか痛むところがあれば、なるべくケアしておくのが良いと思います。

 

この標高でも出される夕食は強烈で、大量のスパゲッティが出てきました。ほとんど食べられず残しましたが、体調はまったく問題ないのをアピールして、早めに眠りにつきました。

キリマンジャロ 3日目

※この旅行記は2016年3月17日から2016年3月27日のものです。情報が古くなる可能性がありますので、ご注意ください。

 

キリマンジャロ登山、3日目。

標高が富士山より高くなってくると、テントも夜露で濡れて、夜トレイに立つたびに冷たいです。そしてテント内で寝袋に入っても、服を着こまなければ相当寒いです。夜は相変わらずの星空ですが、月の光がもう少し弱ければもっとキレイだったろうに、少し残念です。

 

空が明るくなってくると、前日よりもメルー山やキリマンジャロ山頂が鮮明に見えます。他のルートがどうかはわかりませんが、マチャメルートはキャンプ地からの景色も抜群だと思います。

 

3日目は高度順応を兼ねたコースになっており、一度4640mのラヴァータワーまで登り、そこで昼食を取ってから、3960mのバランコキャンプまで下るコースになります。雲一つない、爽やかな朝、バランコキャンプに向けて出発です。

 

ラヴァータワーまでの道のりは、それほど険しくはないものの、延々と上り坂が続きます。恐らく、大事なことは自分のペースを乱さないことで、単調な道だとどうしてもペースが上がってしまうのを抑える必要があると思います。私のガイドはとにかくペースが速く、私も悪い意味でこれについていけてしまったのが良くなかったのだと思います。前を歩いていた隊を次々と抜いていきます。辺りの植物はほとんどなくなり、荒野のような道が続いていきます。

 

途中、分かれ道があり、荷物を持ったポーターたちはショートカットしてバランコキャンプに向かいます。ひたすら登り続けていくと、ラヴァータワーが見えてきます。タワーといっても、建物ではなく、溶岩の山のようなものです。見てみると登れなくもなさそうだと思いますが、崩落の危険性があるため、登ることが禁止されています。

 

ここで昼食タイム。一般の登山客は一人も見当たらず、昼食の準備をしているのはポーターやコックだけ。どうやら、相当なハイペースで登ってきてしまったのだと察しがつきます。ツアーにもよると思いますが、私たちの場合はこの日ランチボックスを渡されていたので、それを食べます。パン、バナナ、チキン、マンゴージュースなど、簡単に食べられるものがランチボックスには入っています。それを狙ってくるカラスたち。4000mを超えて、高山病の症状はないものの、一気に登ってきた疲労感はありました。

 

30分ほどの休んだあと、今度は下山開始。登りと異なり、呼吸が辛くなることはありませんが、油断していると足を痛める可能性があるので、下りこそ注意しなければいけません。ゴツゴツした岩山をどんどん下っていきます。確かに、せっかく登ったのに、なんですぐ下るんだ、っていう気持ちがないわけではないですが、これを高度順応のため・登頂成功のため、と割り切るようにします。

 

バランコキャンプまでの道のりで見られる景色も壮大です。溶岩でできた壁を横目に歩きますが、途中にジャイアントロベリアやジャイアントセネシオが群生するバランコヴァレーを通ります。この植物がとても不思議な形をしています。私の場合は、ガイドが猛スピードで下りていくので、写真を撮っている余裕もありませんでした。

 

しばらく進むと、バランコキャンプが見えてきます。キャンプ手前にはジャイアントセネシオの群生地があり、登山客を出迎えてくれます。小屋でサインをすると、広大なバランコキャンプで自分のテントに荷物を置いて休憩します。時計を見ると13時で、本来8時間を予定していた道のりを5時間でたどり着いたことになります。繰り返しになりますが、早く目的地に着くことにあまり意味はないと思います。時間がかかってでも、体に負担を与えないことを優先したほうが良いです。その意味で、この日は明らかにオーバーペースで、この夜、ガイドに強くこちらの要望を伝えました。

 

4640mから標高を下げたにも関わらず、ここで若干の頭痛が発生しました。まだ吐き気や倦怠感はありませんでしたが、今まで好調だっただけに軽い頭痛も気を付けないといけないと思いました。このようになったとき、大事なのは、まず寝ないこと(寝ているときは呼吸が浅くなるため)。そして、水分を多く取ること。ということで、基本に忠実にたくさん水分を取り、なるべく深く呼吸を繰り返すことを続けました。

 

夕方になって、続々と他の隊も到着します。前日に少し話した面々とも再会して、一緒に写真を撮り、道中どうだったかの話をします。人と話していると心なしか体調が良くなっていくのが感じられました。

 

バランコキャンプからの景色も抜群です。天気は変わりやすいですが、晴れた瞬間には地上の町並みまで見ることができ、振り返れば山頂を望むことができます。

 

一時は体調の心配をしていましたが、翌日の正念場に準備万端で挑めそうです。

キリマンジャロ 2日目

※この旅行記は2016年3月17日から2016年3月27日のものです。情報が古くなる可能性がありますので、ご注意ください。

 

キリマンジャロ登山、2日目。

朝から快晴で、少しだけキリマンジャロの頂上を拝むことが出来ました。たくさん水分を摂っているからか、標高が高いからか、夜中に何度も何度もトイレに行くことになります。その度に空を見上げますが、キレイな星空が見られます。

 

お湯が用意され、顔を洗うことができます。パンや卵焼き、フルーツを食べて、登山の準備を済ませます。2日目は距離的にはとても楽な日です。勾配は急になりますが、まったく慌てる必要はなく、とにかくのんびり歩けば良いと思います。歩くときは自分の呼吸にだけ注意して、なるべく乱れないようにするのが1番です。つい忘れがちですが、すでに3000mを超えて、日本でいうところの富士山の頂上に近くなっていきます。高山病になりやすい人であれば、このくらいの標高から症状が出始めてもおかしくないので、細心の注意を払います。

 

道中、初日とは異なり、背の高い木々はなくなりますが、色々な花を見かけることができます。このあたりから、岩場もでてきますが、ゆっくり歩けば問題なく、ところどころの休憩スペースから見る景色が雄大です。

 

f:id:a-kamata86:20161213101123j:plain

それぞれのペース次第ですが、正午前には次のキャンプ地であるシーラキャンプ(3840m)に到着します。

マチャメキャンプとは異なり、シーラキャンプは非常に広いです。空が晴れると遠くにメルー山(タンザニア第二の高峰)が見えます。

 

例によって、大量の昼食が運ばれてきます。そして、出来れば外にテーブルとイスを出して、景色を堪能しながら、食事をしたいところですが、それも叶わず、狭いテント内で機械的に食べ物を口に運びます。ここまでくると、もはや登頂するために必要なこと、と割り切るようになりました。

食事を済ませると、何もやることはありません。ただし、高山病対策を考えると、昼寝はあまり得策ではありません。寝ている間はどうしても呼吸が浅くなるため、高山病の症状が出やすくなります。高度順応のためにも、出来るだけ起きて時間を過ごすと良いと思います。中には、有り余る時間を利用して、少し高度を上げて、また戻ってくるグループもありました。これも高山病に対して、有効な手段です。

 

暇な時間を使って、読書をしたり、音楽を聴いたり、景色を眺めたりしていました。中には自分のように1人で参加している欧米人もいて、その人たちと話したりする時間が楽しかったです。彼らと話していると、自分のせっかちな性格を見直すきっかけになります。どうしても、このような時間を「つぶす」と考えてしまいがちですが、彼らは自然に触れている時間を貴重と考えていました。何をする訳でもなく、ただただ景色を眺めているだけで、幸せを感じている彼らから学ぶことはたくさんありました。旅をするために仕事をしている人、旅のために仕事を辞めた人、仕事のついでに旅をしている人、背景は様々でも彼らは本当に人生を楽しんでいるように見えました。

 

夕方になると、メルー山を夕日に染まり、キレイな景色が見られます。後ろを振り返れば、キリマンジャロの頂上が薄らと見え、さらに闘志が湧いてきます。長く感じられた2日目の自由時間も、満たされて気持ちで終えていきます。

 

f:id:a-kamata86:20161213101323j:plain

キリマンジャロ 1日目

※この旅行記は2016年3月17日から2016年3月27日のものです。情報が古くなる可能性がありますので、ご注意ください。

 

いよいよチャレンジ開始の朝。

早めに起きて、登山の準備を始めました。用意した2つのバックパックで、①手元に持っておきたいもの ②キャンプ地まで必要のないもの に分けます。初日はハイキングに近いので、特別な荷物はいらないと思います。ただし、雨林地帯を歩くため、雨具は必須。レインコートや折り畳み傘(初日に関しては片手がふさがっていても問題ないです)がすぐに取れだせると良いです。

 

待ち合わせの9:30にキリクライマーズのスタッフが迎えにきました。まず向かったのはキリクライマーズのオフィス。ここで、ガイドやポーターと合流します(このときはそれぞれの役割が不明でした)。それからレンタルショップに向かいます。自分で用意していない道具をレンタルするのですが、何が必要?といきなり聞かれると過不足がないか心配になるので、事前に明確にしておくと楽だと思います。一応、レンタルリストが用意されているのですが、あまりゆっくり吟味できる雰囲気ではありませんでした。私の場合は、ここで寝袋・ダウンジャケット・ダウンパンツ・ヘッドライトをレンタル。仮に手ぶらで行っても、ここですべて調達できます(ただし、質のほうは保証外)。

 

その後、コックと合流。彼が大量の食糧を車に積みます。6日分の5人分の食糧になるので、相当な量になるのだと思います。

 

自分を含め、総勢6人でマチャメルートのゲートに向かって出発。ゲートまではモシから、およそ1時間の道のりになります。途中、スーパーマーケットに寄るので、そこで必要なものを購入できます。もし行動食などを買い忘れていたら、ここで調達可能。私は、ここでヘッドライトの予備のバッテリーを購入しました。水はいくらでも補充してもらえるので、ここでは必要ありません。

 

ゲートにつくと、大勢の人だかりが目に入ります。ガイドやポーターがそれぞれの荷物の計量をしているようです。この計量が終わるまでに1~2時間程度かかる場合があるので、それまでに昼食やトイレを済ませておくと良いと思います。やはりマチャメルートは欧米人の姿が多く、日本人はおろかアジア人の姿すらまったくありませんでした。

 

f:id:a-kamata86:20161213095945j:plain

 

12時頃、ようやくガイド(名前はマロ)がこちらにやってきて、出発だと言いました。ゲートからいよいよ出発。はやる気持ちはありますが、とにかくゆっくり(ポレポレ)歩くように言われます。このマチャメゲートでおよそ標高1800mですが、1日で一気に3000mまで登ります。

 

スタートからしばらくは非常に単調な道が続きます。そして熱帯雨林地帯だけあって、緑豊かな道が続きます。キリマンジャロは地球の様々な環境を経験できるといいますが、初日はジャングルになります。急坂はほとんどなく、ウォーミングアップとしてはちょうど良い距離と勾配だと思います。

 

およそ5時間程度歩くと、初日のキャンプ地である「マチャメキャンプ」(3010m)に到着します。宿泊するキャンプ地では、管理小屋での記帳が求められます。そこに、基本情報(パスポート情報)やツアー内容を記載して完了です。このような機会が非常に多いため、パスポート番号は暗記しておくと楽です。

 

f:id:a-kamata86:20161213100042j:plain

 

先に到着しているポーターたちがテントを準備して待っていますので、預けていたバックパックもテントの中に置いてあり、寝袋も用意されていました。日が暮れてくると、夕食が出され始めます。グループでのツアー参加の場合は、食事用のテントがあり、そこに机とイスが置かれているようですが、私は1人参加だったので、テントの中で食事の準備がされました。狭くて暗いテント内での食事はそれだけで気分が落ち込んできます。キリマンジャロ登山の6日間で、1番過酷だったのは、このテント内での孤独だったかもしれません。

 

食事は十分すぎるほど準備されています。まず、ポップコーンと飲み物(コーヒーや紅茶)が用意され、その後、日替わりでパンや米、メイン料理(肉やジャガイモ)などが置かれていきます。高山病対策の1つに、よく食べ・よく飲むというのがありますが、とにかく量が多いため、毎回食べきれず、体調が悪いか心配され続けました。個人的には、食べきる必要はなく、自分が満腹になったときにもう食べられないと伝えれば良いと思います。

 

f:id:a-kamata86:20161213100136j:plain

 

食事が終わるころには辺りも真っ暗でやることも思いつかないため、就寝することになります。マットレスが準備されているものの、あまり質が良くないため、腰が痛くなる毎日でした。